村上春樹さんのスピーチ

 忘れていた。
 「もし、私たちにわずかなりとも勝利の希望があるとしたら、それは自分自身と他者たちの命の完全な代替不能性を信じること、命と命を繋げるときに感じる暖かさを信じることのうちにしか見出せないでしょう。」(内田樹先生のブログからいただきました。)

 そうなんだよね。代替不可能なんだ。と読んで感じた。そんなのわかりきっていることなのに、感じられなくなっていた。


「父は死に、父は自分とともにその記憶を、私が決して知ることのできない記憶を持ち去りました。しかし、父のまわりにわだかまっていた死の存在は私の記憶にとどまっています。これは私が父について話すことのできるわずかな、そしてもっとも重要なことの一つです。」

 またまた、そうなんだよね。私は父親のことも母親のことも何も知らない。彼らが少年時代や少女時代をどうやって過ごし、戦争の中をどうやって切り抜けたのか。そしてどうやって知り合い、結婚したのか。何も知らないんだ。

 知っているのは、私の中の記憶の中の両親だけなのだ。そんなものは彼らの人生の一部分にすぎない。

 彼らは死と共に持ち去ってしまう。そのときには私にはそれを知る術がないのだ。

 日々の忙しさの中で、立ち止まることができず失ってしまう過去とのつながり。過去を失うことは、攻殻機動隊用語で『ゴースト』をなくすことになるのかもしれないのだ。